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東銀座→新富町→(中央大橋)→(佃公園)→月島

過日12月20日の徘徊記録

2572歩,195kcal

この日はショートコース。でもこの程度の道程がいわゆる「散歩」として誰もが思い浮かべる距離の上限かも知れない。

Kabukizaまずは歌舞伎座。写真撮影の定番。
1945年の大空襲で全焼し、ここにあるのは1950(昭和25)年に竣工されたもの。2002年に国の登録有形文化財に登録されている。設計吉田五十八、施工清水建設。2010年には老朽化による建て替えのため一時閉館が予定されているらしい。

歌舞伎座の横の路地に入り、マガジンハウス社を横目に北上。
新富町をぶらつき、沖縄料理屋さんを見つけて昼食、っとこれはまた別記事で。

Fujituka 鉄砲洲稲荷神社を訪ねた。2枚目の写真は境内にある中央区唯一といわれる富士塚。中央区の区民文化財だ。社殿や社務所も古い造りを窺わせる。案内板によると関東大震災後、1935(昭和10)年に復興整備されたとあるので、上記歌舞伎座より一回り以上年上ということになる。

Stkb_sview3枚目の写真は亀島川にかかる新高橋から南の高橋方向を撮ったもの。江戸切絵図では高橋はあっても新高橋はない。この辺はかつての海岸線。鍛冶橋通り以南は松平越前守の領地。お偉いさんの庭では八丁堀の旦那衆が遊びに釣竿を垂れることもなかったか。

Choobさて、中央大橋を渡る。
1993年(結構新しい。レインボーブリッジもこの年)竣工。
今はご覧のとおり塗装工事中(写真4枚目)。工事は来年3月まで続くそう。綺麗になったらまた見に来よう。工事費14692万円。

佃島に入る。
佃島の東西河岸は公園とされて整備されている。西が隅田川で佃公園、東が石川島公園。今回は西側を行く。中央大橋の袂から西側に折れた。

Smyscb写真5枚目は佃公園から南にかかる住吉小橋、人道橋だ。これをわたって少し行くと、佃島船渡跡がある。ここは散歩のポイント。佃島には1964(昭和39)年に佃大橋ができるまで橋がかかっていなかった。江戸時代は石川島の人足寄場に収監される者たち、また更生し出て行く者たちを運んだ船渡であり、その後戦後をへて昭和半ばまで、貴重な物流線であったに違いない。意味深い船渡だ。

佃島風情香る店先でアイドル系(?)少女を使って取材ロケ中だった。何の撮影なのか気になったが、群がって邪魔になっても悪いので先を急いだ。

Tkdcb_2で、最後の写真が佃小橋からみた高層マンション群。この佃小橋の下には1798(寛政10、人足寄場が出来てから8年目)年、徳川幕府より建立を許された大幟の柱などが埋設されているそう。ここから平成の都市再開発の代表格であり、かつての石川島造船所跡、さらに昔には人足寄場であった場所に屹立するいくつもの高層建築物をみると不思議な気持ちになる。あの高さは歴史の積み重なりを現したものなのだろうか。

佃島の海岸線はこの佃小橋辺りであったらしい。近くに波除稲荷神社があって、それを偲ばせる。

今回は歌舞伎座をスタートに時代小説の舞台として知られる八丁堀をかすめて、人足寄場を遠目に眺めるルート。短いけれども深い散歩だった。
佃島は“小橋”を巡るべし。

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コメント

途中遭遇したロケはフジTVのものだったようだ。アイドル?と思ったのは若手の女子アナウンサー二人。箸を購入したらしい。

投稿: マル*サトシ | 2009/01/03 11:31

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