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静岡紀行《1》 ― 変わり餅 ―

去年の暮れ、静岡県の友人宅にお世話になった。友人親戚の家で執り行われる「餅搗き」に参加するためである。
"苦"に通じるとして"9"の付く日を避け、年末の28日もしくは30日に餅を搗くのがこの地方の習わしであるそうだ。

Sizen30日、その友人親戚宅を訪ねた。
親戚の方々はとても気さくでフランクで、楽しい時間をすごさせていただいた。子どもたちとはしゃいだ所為か、ここ最近味わったことのない和やかな時間でもあった。そして、どこか清々しさを感じたひとときでもあった。
この清々しさは、どこから来たのか?
まわりの自然、周囲の山々から感じたのであろうか、それもあるかも知れない。
しかし、――あとから気がついた。

Yasiro_2「餅搗き」を「神事」として執り行ったわけではなかろう(そのようには友人から聞かされていなかったし)。しかし、こちらのお宅の庭には地神を祀る石のお社があった。むした苔に、時のつみ重ねがにじみでたお社であった。このすぐ横に臼を置き、餅を搗いた。
神に見守られたハレの行事であったのだ。
清々しさは、この神さまから頂いたものに違いない。

帰り間際、気になる話を聞いた。
このお宅のすぐ横に中部横断自動車が渡るそうだ。そういえば、来る道すがら屹立する橋脚を何本か見た。
豊かに便利になる人の生活、「餅搗き」といった古来から伝わる風習、これらが両立することを祈らずにはいられない。
そして、地の神さまがいつもで穏やかな表情でいてくれることを――。

かたい話はこのくらいにして、変わったお餅を搗いたので紹介しよう。

Kawari_m緑色のお持ちは「草餅」。蒸したヨモギをいっしょに搗いたもの。これはそんなに珍しくないだろう。

けれども朱色のお餅、これは珍しい。食紅で染めたのではない、蒸した桜海老をいっしょに搗いた餅だ。実に静岡らしいお餅で、焼いたら桜海老が香りがかろやかに立つ逸品だが、この辺でもこの餅を搗く家はこちらのお宅だけだとか。

薄茶色の餅は玄米のお餅、ちゃんと聞いてこなかったのだが、もちろん餅米の玄米なのであろうと思う。そうでないと餅にならないよね。こちらのお餅、搗くのがしんどくて、仕上がりも堅いけれど、独特の風味があって雑煮などにも合う。それにたぶん、低GI。糖尿病の方にもお薦め(?)。

Sakura
それにしても、杵を振り上げたなんて何年ぶりだろう? 判らない。
翌日、右腕の裏筋に筋肉痛、腰には鈍痛が出た。
けれどけれど、先に記したように、清しい時間と空間に触れた貴重な体験であった。筋肉痛なんて安いものだ。

(他にも静岡ネタはいっぱいあるよ~ ……《2》につづく)

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コメント

おつかれさまでした。
ちいさなお社は、あまり気にしたことはありませんでした。
兄が結婚してこの親戚ができてから、桜えび餅、玄米餅は初めて知りました。
あの食通の料理人である猫丸さんのお義兄さんも、今回猫丸さんにもらって初めて食べたそうです。
この親戚を得たことにより、人生が豊かになったようです。
向こうでも、マルさん、猫丸さんをことのほか気に入っていました。
新しい人間関係が、きっと心楽しいものへと繋がって行くものと思います。

投稿: BOX! | 2009/01/08 13:18

BOX!さん
どうもです。コメントありがとう。
清水二泊、本当に楽しかったです。
楽しかった反面、Lonelyな自分は――
「故郷って良いなぁ」
「家族って良いなぁ」
「子供って良いなぁ」
って、ちょっとblueになりましたぞ。
BOX!さんがうらやましいです。

投稿: マル*サトシ | 2009/01/08 21:19

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