銀座夜景をいくつか
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五反田東口でランチを物色していたら、ガーリックの旨そうなにおいに絡めとられ、「STEAK KITCHEN FACTORY」に入ってしまった。
テーブル席12、カウンター5席のこぢんまりしたステーキ屋さん。
ランチメニューがどれも安くて魅力的。ポークになるが甘辛味付けの「まかない丼」なんて軽い昼食を好まれる女性にヒットしそう、¥680で財布にも優しいし。他、ロコモコ、ポークジンジャーが¥880。ステーキやハンバーグのランチも¥980。良心的な価格設定。
ビーフカツが食べたくなっちゃって、注文したのは日替わりの特製ビーフカツレツ、¥1050。
ワンプレートにサラダまで入って、ソースがたっぷり。このデミソースのおかげでハヤシライスっぽく見えなくもない。揚げ加減は完璧、ミデアムレア。肉の旨味が全開だ。衣には香草が散っていて、上品な香りがのっている。
スープは、ひょっとしたら日替わりかもしれない、この日はチリ味のピリッとパンチが効いた味付けで、これも良い感じだった。
夜メニューは未確認。けれどホームページを観てもらえれば判るが、黒毛和牛であったり、良質なランプ肉であったりとか、素材にもこだわったメニューが並ぶ。
五反田で牛肉というと西口、目黒川ほとりの某店を思い出すけれど、東口にもこんなお店があるんだね。
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2月8日のこと、ちょっと経ってしまったけれど自分としては久しぶりに歩いた場所なので、Upしておく。
(羽田第一ターミナル)→(弁天橋)→(穴守稲荷神社)→京急蒲田→(大田区中央)→大森
20193歩
羽田空港を歩くのはニ度目だ。過去一回は蒲田方向から多摩川河口沿い歩いて空港に入り、モノレールに乗って帰った。今回は羽田第一ターミナル【写真1st】を出発して逆の進路をとる。
羽田空港からR357を北上して京浜島に入るルートもあるが、そこが歩けるか、まだ確認していない。敢えて、宿題を残しておく。
ターミナルを出て新整備場などを見学しつつ南下。そのまま行くと神奈川県へ伸びる多摩川トンネルだが、実はこちら、歩いて渡れない。高速道路専用のトンネルだからだ。しかし、分かれて西に向かう羽田空港トンネル【写真2nd】は歩ける。歩道も付いている。
多摩川河口。素晴らしい天気で気持ちがよい。東には海面のコブのように海ほたるが見え、西には富士山が見えていた。たまに頭上をモノレールがよぎり、おぉっという感じに見上げる。
羽田空港トンネルを歩いていたのは自分ひとりだけだったが、この辺【写真3rd】になると人を見かけた。少女二人が自転車で羽田空港の方に向かったが、まさか空港に用事ではあるまい。その前の新整備場か?
天空橋に出る。海老取川が多摩川に合流するポイントだ。
こちらの鳥居【写真4th】、もとはこの後足を運んだ穴守稲荷神社【写真5th】のものであった。それが、今は生き別れ状態。
穴守稲荷神社は昔、海老川以東、旧町名で言うところの羽田穴守町にあった。現在では羽田空港のB滑走路周辺にあたる場所だ。それが、1945年8月の終戦直後、羽田空港拡張を理由に進駐軍に強制退去を命じられる。しかも48時間以内という時間制限付きであったそうだ。
1200世帯・3000人がこれに応じ(というよりは無理矢理に違いないが)、彼らが暮らした愛着ある土地は整地されてしまうことに……。
穴守稲荷神社は地元の信者有志らの奉仕により現在地、海老取川西側の羽田5丁目に移る。
が何故か、鳥居はぽつんと残されていた。進駐軍が去った後も……。時が経て1999年、B滑走路建設時に撤去されることになったが、元住民らの強い要望でこの地に移設された。移動距離800メートル、4日間かけて慎重に運んだという。
移設には空港関係者の協力があったそうだ。この鳥居は地域と空港の共生のシンボルでもある。
穴守稲荷を参拝してから南下して大師橋たもと。この辺【写真6th】は“羽田の渡し”があったところだ。
かつて多摩川には41ヶ所もの渡しがあったそうで、羽田の渡しは海にそそぐ前の最後の渡し場になる。
あとは気ままに北上。最初はJR蒲田でゴールとしようかと思ったが、興がのってひとつ先の大森まで歩くことに。
途中の京急蒲田駅では第一京浜R15の上に線路を渡す工事中【写真7th】。大がかりな工事だ。
東邦医大通り、JR線路と横断し、「赤毛のアン 記念館」へ。しかしその場所に行っても見当たらない。後日Webで調べたら、2008年6月から2009年夏まで休館とのこと。2008年が赤毛のアン原作出版100周年の記念の年であり、2008年6月の中旬から「赤毛のアン展」が全国各地を巡回するとのことで、休館というよりは資料ごと巡業中というのが正確な表現かも。
今年の秋には戻ってくるらしい。待ちましょうかね。
神社の強制移動、渡しの廃止と架橋、京急の線路工事もそうだが、街はどんどん変わる。けれどけれど、人の想いがその景観を残すこともある。天空橋の鳥居がまさしくその例だ。――変わらざるえないのだけれど、どこかに昔を留めている。
生活向上のため常に変わっていかなければならないという考え方も間違ってはいないだろうけれど。昔を偲ぶ、その気持ちも美しいと思う。
参考Webページ;
「穴守稲荷神社」
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関東圏で『頑者』と言えば、結構知られたラーメン店であろう。濃厚な動物系出汁+魚粉のハシリだ(たぶん)。
『頑者』兄弟店の「ひかり」に久し振り行った。太麺平打ちのつけ麺が食べたくなったのだ。
で写真1st、左手側は工業団地なのだが、まぁこんな感じで青空が見渡せるような、正直、車でないと行くのが大変な場所に「ひかり」はある。オープン時間に遅れること数分だけなのに、駐車場はもういっぱいだ。
みそ野菜つけ麺にチャーシュートッピングで注文。
出てきたつけ麺が写真2nd。トッピングのチャーシューが昔と変わっていた。ちょっと判りにくいかもしれないが、女性の拳大のチャーシュー玉がボコンっと入れられている。
これがチャーシュートッピング?
ホール担当のおばさんに確認しようものなら「チャーシュートッピングですけど、何か?」と逆に問いただされそうだ。――えっ? という驚きを呑みこみ、しばし絶句。
普通でさえ麺を浸けるスペースがないほど野菜たっぷりのつけ汁椀が、さらにぎゅうぎゅう詰めになっている。チャーシュー玉を崩そうものならつけ汁があふれる。
しかも、この玉、そう簡単には崩れない。解けたそばからホロホロの柔らかチャーシューに変わってはいくのだが、ギュッとおにぎりごとく固められている。手ごわい。
いやぁ、凄い迫力だ。
玉を崩しつつ、野菜を合わせつつ、麺とつけ汁とズルズルワシワシと喰らったのだった。
『頑者』系は製麺所がルーツなだけあって、さすがに麺がうまい。結局、スープ割りまで行く完食ではあったが……。
腹いっぱいで爆死。アーメン。
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さまざまなグルメ本に掲載され、TVにも露出する「三州屋銀座店」に行ってきた。
銀座2丁目、最寄り駅は銀座1丁目だが、JR有楽町からも近い。
三州屋にはこちら銀座店の他に、“銀座1丁目店”とか神田にも数店舗あるらしい。
情報によると、“銀座1丁目店”は中休みがあるが、こちら“銀座店”は中休みなしの通し営業とのこと。
ランチでの利用である。
「The大衆割烹」的にぎやかなお店。一品ごとメニューが書かれた短冊が壁にずら~っとぶら下がる、あの光景である。混雑時は合席必至。
注文したのは路地前看板に出ていた「ぶりてり焼定食」とグルメ本で紹介されていた名物といわれる「とり豆腐」。こちらセットで頼むと定食の味噌汁が「とり豆腐」に代わる。「ぶりてり焼定食」¥900、「とり豆腐」(確か)¥450だが、セット価格で若干安くなる(金額忘れ、ご容赦)。
ぶりは――時期的にまだ寒ぶりの残りかな――あぶらがのって思わず笑みがこぼれる旨さ。煮汁を白飯にちょんちょんと付けてパクリと行った後に、煮汁が染みたご飯を、また笑みをこぼしながら頂くという、定食のお作法。
「とり豆腐」は別小皿に紅葉おろしにポン酢をあしらえたような浸けダレが付いてくる。この浸けダレがなくとも充分に旨い。鶏肉からいい塩梅でうま味と脂が広がっていて、豆腐にもそのうま味が入っている。豆腐を浸けダレに浸すと湯豆腐のような感じになって、これはこれでオツだ。
味付けはちょっと濃いかもしれないが、ご飯のあてなのでちょうど良し。
「The大衆割烹」のニュアンスはおばちゃんたちの接客にもある。
ぶっきらぼうだが、温かで人の良さが伝わる。きびきびとした捌きで的確なオペレーション。気持ちが良い。
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実は、銀座で入ったことのあるすし屋って、ここだけだ。他店と比較してどうこう言えたものではない。でも、すし屋を他に開拓する気にならないのだ。
僕にとって、必要充分条件を完全に満たしいる、この「鮨一」は――。
オープンは2005年9月。1974年生まれ若干35歳の店主だが、15年ものキャリアをもつ。二十歳でこの世界に入ったのだな。色々な苦労があったのではないかと想像する。今では築地・仲卸としっかりとした信頼関係を持っており、目利きの力も確かだ。
鮨一のホームページから辿れるが、マグロは築地で五本の指に入ると言われる「樋長」から実際にものを見て仕入れている。国産の天然本まぐろだ。これは敢えて写真なし。その素晴らしさは、お店で確認してもらいたい。
雲丹にもこだわりがある。
雲丹握りは北海道「羽立水産」の競り番1号で。鮨一の雲丹はいつも「01」番の紙が付いている、1番の高値で競り落とされた証しだ。それを軍艦巻きでなく握りで出す。
目利きの話、もうひとつ。
この日は、'さより'の良いものが入ったというので刺身でいただいた。自分、魚を見る目を持ち合わせてはいないが、それでもこれが尋常でない大きさであることくらい判る。あぶらがのって旨かった~。
ブリも旨かったなーッ。
何だかんだで、日本酒3合。
スタッフさんにおまかせで、チョイスしてもらった。「誉池月 三島文雄」「伯楽星」など。
焼酎、ワインの品揃えも豊富だ。
日本酒、焼酎は3種類が少しづついただける利き酒のセットもある。
最後におまけの写真2点
あなご握り(柚子の利いたつめヴァージョン)
こはだ握り(海老そぼろ忍ばせヴァージョン)
……また行こう。
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「鮨一」、過去に4回おじゃましている。初回は雑誌の若手寿司職人の紹介コーナーで知り怖るおそる、2007年4月のことだ。確か3回目に訪ねたときには向かいのカウンターに野球のヴァレンタイン監督ご一行が座っていた。
場所は銀座。
今回別件あって銀座に来て、ふと思い立って電話したら、席が空いていると云うので寄ってみた。
いつ来てもナイスな鮨屋さんだ。
総論は例により「厳選レストラン」の頁ご参照のこと。
今回、アウトラインは↑上記フードアナリストの頁に記して、“些末になりすぎてどうかな”という各論的な話題をこちらに、2回に分けて書いてみようと思う。
「厳選」の方に少し書いたが、車エビの握りである。
まずは生きたもの、おが屑からすくい出された一尾が現れる。冷たいところから出されたばかりで寝ぼけているよう。切り落とさ短くなった触角がゆらゆら揺れている。
これを生きたまま熱湯に。ほんの数十秒だったような気がする。「熱いんですよ~」ってすぐ殻をむき始めた。充分に火が通っていなければ海老の殻ってむけないはず。握る前のさばいた状態が次の写真。中心部分はレア状態。殻がむけるようにしっかりボイルしつつ中心部はレアに保つ、職人技である。
そして、先端に付いている茶褐色のボール状のものが海老ミソ。崩さにず綺麗に残して、他の堅い部分は完全に取り除く(しかも熱々でだよ)。これも職人技。
出てきた握りが次の写真。美しい茜色だ。形も綺麗に流線型。芸術作品のようだ。
これを一口でいく。
まだ微熱を含んでいる! ミデアムレアの茹で加減が、身の甘みをそこなわずに嬉しくなるような歯応えを生んでいる。そして、海老ミソだ。苦みとコクが身の甘みにスーパーインポーズ。重層的なうま味となった。
これをいただいたのは今回が初めて。あぁ、美味かった。
もうひとつ、優しい気持ちにしてくれる素朴な一品。平貝の磯辺焼き。
歯形がついた写真で申し訳ない(これを「厳選レストラン」の方にUpするのは気がひけた)。さすがに餅のように伸びることはない。一味醤油の辛みに、噛むほどに出てくる平貝の甘み。黙って出されたら、何ものか判らないかも知れない。こういったちょっとした遊び心って“粋”だ。「ワシッ」と噛み切るのが楽しくなって、あっという間に胃の腑に落ちた。
最後の写真は平貝とホタテ貝の比較(ともに貝柱ね)。左が平貝。シナっと柔らかいホタテの貝柱に比べて、平貝貝柱の堅さと大きさに驚く。
――以下、後半に。
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先日2月1日の散歩。前日の雨天・曇天から一転して晴天に恵まれたが、風の強い日だった。そんなこともあって、午前のみのショート・ウォークだ。
日暮里→(駒込富士)→千石→(南大塚公園)→向原→(P'Parco@池袋)
9299歩
日暮里駅を北口に出て西へ。夕焼けだんだん【写真1st】、谷中ぎんざ【写真2nd】。この辺は下町散歩のメインストリームだ。以前来たときは夕焼けだんだん写真右手のマンションが工事中だったような気がする。少なくとも花壇部分はフェンスになっていた。谷中ぎんざのゲートを撮った写真をよく見ると右手のマンションが“入居者募集中”だ。やはりこの辺のマンションは新物件なのだ。
高い建物が建つと夕焼けの光景が変わってしまいそうで心配だが、入居してみたい気もする。家賃や勤務先が検討事項となるけれど、この辺で暮らしてみれば、さぞ楽しかろう。
よみせ通り【写真3rd】で北上、不忍通りはスーパーマーケットの路地を入りさらに西へ。
地図を見ていて思い出したのだが、本駒込、本郷通りからすぐの所に富士塚があった。これと云った目的もないので、寄ってみることにした。
駒込富士神社の富士塚【写真4th】。頂上部には“文政六***五月吉日”とも読める石碑があったりして、その古さに身がひきしまる。境内には立派な大樹もある【写真5th】。足下で遊ぶ子どもたちを大樹が優しく見守っているようにも見える。
不忍通りの裏道を行く。ロシア正教会モスクワ総主教庁駐日ポドウォリエ【写真6th】がある通りだ。
Webで“ポドウォリエ”を引っかけると2008年9月にできた下目黒のものが出てくる。こちらは旧いものなのか。そもそも“ポドウ(ヴ)ォリエ”って何だ? 正教での“教会”のことなのか?
ウィキペディアによると『国外に居住する信徒の為に、その地域の教会の祝福を得た上でポドヴォリエが設けられ、その地域で用いられる言語とは別の言語を用いて奉神礼を行っているポドヴォリエもある』
とある。いわゆる教会とは違い、教派の駐在所みたいなものらしい。
ロシア語で「подворье」、英語では「Metochion」。
で、ひとつ気がついたこと。ここの十字架は、日本で一般的に見かけるキリスト教教会のものとは異なる。縦に走るラインの上部下部に短い横棒が一本ずつ追加されている。
キリスト教の宗派分裂なども、調べると面白いのだろうな……。
白山通りR17に出て北上、不忍通りを渡ったらすぐに西へ。千石本町通商店街である。この界隈ちょっと気になるお店があるのだが、まだNo-Checkだ。
やがて見えてくる伊勢五米店【写真6th】。こちら2007年放送の『出没!アド街ック天国』の解説を引用させてもらうと、『創業享保年間(1716~1735年)の蔵を伴った米店。徳川家の米商人として伊勢から上京したのが伝統の始まりで、"今井五郎右衛門"という名を八代続く現在まで受け継いでいます。国の登録文化財に指定されている建物は明治初期に改装。……(後略)』とある。
同じく「伊勢五」でも、谷中にあるのは伊勢屋五右衛門が興した酒屋さん。関係有りそうで無さそう。
川越街道R254に出ないように北上。と、南大塚公園で都電車両を発見【写真7th】。みると「都電ものしり博物館」の看板が。“館”らしきものは見えない。露天だがここが博物“館”なのだ。ギャグがきいている。
それでも一応は博物館だ。写真右手側にちらりと見えるボードに詳細な路線図と解説があった。見ると、大塚から発し小石川の伝通院を経由して亀戸まで伸びる線があり、その路線がここら辺りを通っていたようだ。書かれている停留所も旧町名のようで、確かなことはちゃんと調べないと判らないけれど。
この“失われた都電を辿る”というのも大変面白い散歩テーマである。
あとは結局川越街道に出、池袋駅東南にあるP'Parcoでゴールとした。
1万歩満たない散歩なのに、谷中ぎんざにはじまり駒込富士、正教会ポドウォリエ、伊勢五に都電ものしり博物館と、結構充実した内容になった。
周囲のものをどれだけ敏感に感じ取れるか、散歩が面白くなるトリガーはそこにある。今回の例で言えば、ポドウォリエや都電ものしり博物館は、あらかじめの情報を持っていなかった。“犬も歩けば何とやら”で、謂わば当たった棒である。その時その棒にどれだけ興味が示せるか。子どものように好奇心旺盛で、全てのものに興味を持っていたいものである。
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