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炎天下散歩 Part.3 ■月島→佃島→石川島→霊岸島

 月島1号地(現在の月島1丁目から月島4丁目まで)の埋め立てが完了したのが明治25(1892)年。月島は新しい土地だ。遅れて2年後明治27年、勝どきの地が完成。
 下の写真はこの炎天下の月島川水門。

■月島川水門Tukisima00  月島川、かつては海だった、月島と勝どきとの境。水門のむこうは隅田川だ。

 ご参考;月島西仲共栄会商店街振興組合「月島の歴史」

■トリトンスクエアToritons  昭和になって埋め立てが完了した晴海。そこにそびえるトリトンスクエアを明治期にできた月島から撮ってみた。

 月島から北上する。
 明治29年に完成した新佃島を経由し、江戸時代からあった佃島に入る。
 その当時は漁師町だった一帯。いまも船がかりに漁船が係留されている。

■漁船なめの聖路加タワーTukuda00  聖路加のさらにさきには先ほど横を歩いた、築地本願寺、御門跡様がある。

 かつて人足寄場であった石川島へ。
 人足寄場は『鬼平』のモデルとなった長谷川平蔵が老中・松平定信に提案しできた更正所(懲役場)である。

■中央大橋Cyuoobrg00  人足寄場の岸から今から行く霊岸島を撮る。当時はもちろん、このこの中央大橋はなかった。奥の永代橋はあったけれど。
 この大橋はつい最近、1993年にできた橋である。兜をイメージしたデザインだそうだ。

■メッセンジャーとスカイ・ツリーCyuoobrg01  中央大橋からスカイ・ツリーを撮る。
 隅田川はフランスのセーヌ川と友好河川を提携している。この中央大橋、フランスのデザイン会社が設計したという。そして川上に臨んで立つこのメッセンジャーという彫像は、当時のフランス・パリ市市長から寄贈されたもの。

 霊岸島――現・中央区新川――へ。
 江戸の当時ならば、渡しもなかったので、この移動は無理な話。
 さて、気まぐれに渡ってきたこの新川。かつて四谷で参拝した於岩稲荷の分社があった。そちらの記事に記したが、明治期、歌舞伎役者の市川左団次が願い出、分社されてできたのがこちらの神社だ。

■於岩稲荷田宮神社Oiwa_inr

 このとき時刻、13:38。さーて、どっちへ行く? 

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