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2011.03.11.

 

 地震が起きたとき、勤務先の工場(@埼玉県深谷市)にいた。
 4階建ての棟、自分は1階にいて強力な地震がいつ治まるのか不安になった。揺れが落ちつき、上階に向かったら想像以上の状態で、従業員の中にはショック状態の方もいたと聞く。
 自宅が心配だと言う方が多く、早退される方が相次いだ。新宿区の本社から帰宅指示が前後して届いた。

 同僚の車で東武東上線の森林公園駅まで届けてもらったのが、17:45頃。
 当然のことながら、東武線は止まっている。
 先に帰途についた他同僚と2名と合流し、心細い思いが和らいだ。

 東武線再開の目処が全く見えず、同僚が電話し、車で帰宅中の上司を捕まえた(←これ奇跡的)。18:30頃だったかと思う。
 3名はその上司のご厚意で、国道254を南下することに(高速道路はDownしてる)。

 当初は埼玉県志木市まで行こうと話していたが、凄い渋滞でいつ着くのか極めて不鮮明。
 自分は川越でホテルに泊まろうと決めた。
 上司を捕まえた同僚も、川越で「漫画喫茶」と方向転換した。
 国道254を川越市内に入り、西武新宿線・本川越駅近辺で二人が車を降りた。21:40頃だった。

 ビジネスホテルを2つ廻ったが、いずれも満室。考えることはみんな一緒のようだ。
 自分も「漫画喫茶」に切り替えようかと思ったが、かつて行きつけのように通っていた居酒屋に避難した。尿意がMAXだった。
 そこの居酒屋にはTVがあって、続々と悲惨な状況が映し出されていた。

 開き直って、酒と肴で気持ちを落ち着けつつ、どうしようか? このままここに泊めてもらえないか、などと不遜なことを考えていたら、メトロの一部運転再開のニュースなどに続き、ついで西武新宿線再開の報せも届いた。

 23:40、本川越駅に付き、ホームに止まっていた上りの車両に乗った。
 電車の中で眠った。起きたら高田馬場。西武新宿駅に着いたら、凄い事になっていた。
 25時を過ぎていたか? 帰宅難民が駅を取り巻き、西武新宿駅はロープを張って入場制限を行っていた。

 自分は、小滝橋通りに回り、大江戸線新宿西口駅に向かった。こちらでは入場制限をしていなかった。

 25:50頃、小石川柳町に帰宅した。部屋の中はいたって平穏。ガスも、電気も問題ない。
 TVをつけたら、息が詰まるほどの映像が映し出された。

 

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コメント

ご無事でなによりです。
松阪にも避難勧告が出ましたが、ウチは平気でした。
それにしても、とんでもないことが起きましたねえ。
ちょっと前までNZ地震のニュースばかりだったのに、完全に吹き飛んでしまいました。

投稿: 健太 | 2011/03/12 12:54

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