品川徘徊・変化し続ける魔都を見る
五反田→北品川→[元なぎさ通り]→(勝島運河)→[木の芽坂]→下神明→(貴船神社)→(TOC)→五反田
12830歩、444kcal
先の記事、天ぷらの「三浦屋」に行ったときのこと。
今回は装った風景写真を控えて“変化し続ける魔都”という視点でレポートしてみる。
○SONY村大工事
まずは北品川6丁目、工事中のSONY村だ。【写真1st】はかつてSONY2号館があったところ。このように道路の北側のSONY社屋がすべて無くなっている。まさかSONYが売り渡した? いやいやたぶん新社屋が建つのであろう。どんな社屋が立つのかちょっと楽しみだ。新宿の東京モード学園みたいな、奇抜なデザインかな。
このあと御殿山ガーデンを回り込んで南下。先の記事「三浦屋」での昼食。
そしてさらに南下して、鮫洲の勝山運河に来た。
○鮫洲ポンプ所雨水貯留池
僕が魔都・東京に魅せられて、本格的に歩き出したのが2002年。
その頃携帯していた地図にはまだ運河の船だまりが残っていて、埋め立て工事が少し進んだ頃だった。それがね……。
鮫洲ポンプ所雨水貯留池工事が進んでいる。現在「その6工事」。
「その5工事」は、CCI東京により見学可能であったようだ。
CCIとはCharming Construction's Identityの頭文字。正式には「魅力ある建設事業推進協議会」といって、東京都をはじめ関東甲信越の各県にも設置されているそうな。
建設事業をより魅力あるものにするため、あるいは地域住民の理解促進のためか、建設現場の見学会などを主催している。
こちらの工事、東京都下水道局からの発注で鹿島建設株式会社が施工しているもの。
東京シティガイド検定公式テキストによると、地盤の高さが満潮時の海水面より低くなってしまういわゆる「ゼロメートル地帯」は東京地区に124Km*2もあり、23区の約20%の面積を占める。
ポンプ所は、そういった雨水や下水を自然流下させる勾配が取れない場所に設置されている。臨海部や隅田川、荒川沿岸などに多い。
平成14年8月現在、23区内に79か所のポンプ所(無人ポンプ所48か所を含む)が稼働している。
汚水と雨水を合わせたポンプ揚水量の平成13年度実績は、約7億7千300万m*3。
○工事現場を覆う壁面に【写真3rd】
工事現場を覆う壁面に、勝島運河船だまりの埋め立てから始まったこの工事の流れを写真で示すパネル【写真2ndはこのパネルにあった1999年当時の船だまりの光景】と昔の鮫洲浜についての解説があった。
前記事で、江戸前海苔養殖漁師だった三浦屋店主の話を書いた。その補足にもなるので、この鮫洲浜の解説を少し引用しておこう。
『
江戸時代の品川の海は「お菜肴八か浦」といって、将軍家の食事のお菜となる魚や貝を献上していました。主なものとしてワタリガニ、コチ、カレイ、アナゴ、シャコ、アサリなどをはじめ、約300種類もの漁獲があったそうです。そのために、冬の不漁に備えて、海にソダを立て、イケスを作って魚を飼っていました。このソダに海苔がつきました。延宝の頃、東海禅寺の沢庵禅師が、この海苔の加工法を教えたことによって海苔の採取が始まったといわれています。
』
以前、大田区郷土博物館に東京湾埋め立ての変遷や海苔漁に関しての詳細な資料・展示品があったのだが、それらは2008年4月オープンした「大森海苔のふるさと館」に移管されている。
この後は西へ。第一京浜を渡り、木の芽坂で大井町、駅南側の歩道橋でJR京浜東北線・東海道本線を越えた。整備中の補助第163号で下神明に向かう。
○補助第163号&26号線
まず、補助第163号線。
品川区都市計画課では大井地区を『庶民性と広域性を持った区の中心核として発展するまち』と捉えており、交通網の中心になる街と考えているらしい。
補助第163号線は、補助第26号線と補助第205号線を結び、品川区南北の交通ネットワークの形成を図るものだ。
この道路計画が決定したのはオリンピックのあった1964(昭和39)年の話。それが未だに工事中。
こういう道路は他にもある。
自分が、東京シティガイドのツアーで案内した池袋の補助第172号線も同様だ。
このあと、下神明のタコすべり台を撮りに行ったのだが、こちらがその補助第26号線の工事で公園ごとつぶされていた! しかも移転を計画していタコすべり台は老朽化がひどく、移転を断念したとのこと。【写真4th】
タコすべり台、撮り逃した~(ρ_;)
しかし、補助第26号線が開通すれば、物流の太いパイプになることは間違いない。
これで車交通がスムースになれば、排気ガス・CO2削減に寄与でき、地球環境のためになるかも知れない。
下神明から北上。
すると今度は、西品川2丁目、戸越銀座へと続く三ツ木通りで工事だ。
○戸越幹線貯留管中流部整備工事【写真5th】
品川区都市整備下水道課が進めている事業だ。
どうやら、ここは三木公園であったところ。工事の起点となる立杭の設置工事を行っているらしい。
戸越銀座通り周辺の浸水被害を軽減を狙い、貯留管を布設する工事の一環だ。
上流部と下流部はすでに貯留管の布設が完了しているらしい。
貯留管が完成すると、その貯留管で雨水を一旦受け止め、安全が確認された後、ポンプにより戸越幹線に置流。最終的には水再生センターで処理することになる、とのこと。
先の“ゼロメートル地帯”の話とも関連するが、そもそもが海であった処に無理矢理街を作ったのだから、こういった水害との戦いは必然ともいえる。
その意味からも、江戸=東京は、変わり続ける宿命なのだ。
さらに北上。真新しいタワー2棟が迫ってきた。
これが、今回最後のChenge物件。
【写真6th】は西品川3丁目の貴船神社から撮ったもの。
平成21年8月5日完成、地上39階、建地下2階建てのマンションだ。1084戸がもう間もなく発売開始とあい成る。
この前(って何ヶ月前だ?)、つけ麺で有名な「六厘舎」に来たときは影も形も見えなかったのに……。
斯様に変わり続ける魔都・東京。目が回る。幻惑させられることばかり。
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